開山 月江印空上人善龍大和尚
所属 西山浄土宗(総本山・京都府長岡京市粟生 光明寺)

当寺は印空上人(1692年寂)が美濃国(岐阜県)立政寺から入洛し、仁和寺第二十三世門跡、覚隆法親王よりこの地を賜わり、元禄元年(1688)に七堂伽藍を建立したのが始まりとされます。今は當山内にある古墳跡頂上に建立された墓地で静かに眠っています。
その後、中興了海上人(1663~1719)が住持し、寺勢は盛んになりました。了海上人は土地の人に親しまれ、
ねんねせん子は了海坊にかます 了海坊がこわけりゃ、ちゃとねやれ 
という子守歌が伝えられています。

明治維新後は次第に荒廃の途を辿りましたが、昭和45年(1970)圓空瑞元上人が晋山して寺の復興に努め、浄土宗開宗八百年記念の年、昭和49年(1974)に鐘楼を建立しました。更に平成3年(1991)には檀信徒の協力を得て本堂、山門、庫裡を一新するとともに、境内も二河白道の石庭、北山老杉、梅、辛夷、桜、紅葉などを配し、歴史風土特別保存地区に相応しい山容が整いました。

旧御室御所茶所

京都市右京・山越
月江山 印空寺

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本堂東側の蹲踞(つくばい)
 従前、太秦広隆寺西側にあった故坂東妻三郎(田村高廣の父)の邸に在ったもの。